『仮面ライダー響鬼』の続編とかをいろいろ希望していくブログです。



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続・響鬼の主題はゆらいでいたのか〜「響鬼の事情」を読んで
前回に引き続き、今回もNHPスタッフによる激論のご様子をお伝えいたします。とは言っても、「意見を闘わせること」が目的ではないという点は前回と同じ。
議論の内容的にも、前回の続きになっていますので、ご覧になっていない方はそちらから先にどうぞ。
「響鬼の主題はゆらいでいたのか〜「響鬼の事情」を読んで 」

意見の交換によって、新たな視座を見つけ出そうとする企画です。
それでは、早速ご覧ください。
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てりぃ:

>作品作りをしている人たちは、この何倍も試行錯誤をしながらやっているだろう

この本を読んで、最も深く感慨を覚えたのがそこですね。僕らは出来上がったものを見て、ついあれこれと言ってしまいます(もちろん、それが「視聴者」というものなのだろうとは思いますけれど)。でも、制作現場は、僕らの想像を軽々と超える厳しい世界なのでしょう。その片鱗が垣間見えただけでも、この本を読んで良かったと心底思います。

…話を戻しますね。(^^;;

>「響鬼で面白かった点」
>「(片岡さんの述べているように)響鬼を変えたらもっと面白かった点」
>「変えてしまったら面白くなくなる点」

これらを頭の中で切り分けながら、この本を第三者的に読みこなすのは本当に難しいですね。著者の意向に沿ってするすると全部受け入れてしまったり、あちこちに反発しながらアンチとしての視点に終始してしまったり。それは自分なりの思い入れが強くある以上、どうしても仕方のないことなんですけれど、そこからあえて一歩離れて考えなきゃいけないように思いますね。

作品をどういう方向に持っていったにせよ、何らかの取捨選択は起こったはずです。それらを全て、果たして綺麗な形のパッケージに収めることができたかどうか。また、僕には「完全に新しいものを生み出すのには、一年という時間はあまりにも短すぎたのだろう」という印象があるんですよ。この本を読み進むうちに、次第に逼迫していく時間、現場の臨場感を強く感じたもので。大石氏が参加した時の片岡さんの言動などに、それまでの議論が行き詰まっていたことの閉塞感などがよく現れていますよね。そしてその結果、片岡さんが思い描いた方向での「パッケージ感」がある程度犠牲になったり、異なる方向での別なラッピング・包装が施されたりしたわけで、これらは流れとして致し方ないことだったんじゃないか、とも思うわけです。

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翠:

確かに「第三者的に」この本を読み解くのは難しいですね。
 思い入れが強いと、全面受け入れor全面アンチになりやすいのは確かだと思います。
 ただ、そこから「一歩離れる」必要性は薄いかな、とも思います。公正にジャッジするべき立場というわけではなく、一ファンとしての意見でよいかと。
 そもそも、片岡さん自身が『響鬼ファン』なのかな、と思います。いやいや、それを言ってしまえば高寺さんにしろ大石さんにしろかなりの「響鬼ファン」で……この本を読むと、製作者の「思い入れの強い作品」ということがよく見えます。だからこそ面白い部分があったし、だからこそ見にくい場面もあったのだと思います。

 「響鬼の主題は揺らいでいたか」という主題に戻して考えると、てりぃさんの『完全に新しいものを生み出すのには、一年という時間はあまりにも短すぎたのだろう』という意見から考えると、「ファン」としての立場(≒こだわり)と、「プロ」としての立場(時間的・予算的な問題)が微妙にぶつかっていたのではないかと思いました。そういう部分での「揺らぎ」があったのではないかと思います。

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てりぃ:

>「ファン」としての立場(≒こだわり)と、「プロ」としての立場(時間的・予算的な問題)
>が微妙にぶつかっていたのではないかと思いました。そういう部分での「揺らぎ」が
>あったのではないかと思います。

あ、それ、面白いですね。ちょっと目鱗です。確かに、その視点での「ゆらぎ」はあるように感じられますね。それイコール「主題のゆらぎ」とは必ずしも言えないかもですけど。

第三者的に読む必要性は薄いのでは、とのご指摘も、確かにその通りで、まあ自分でも「そんなに優等生ぶらなくてもいいんじゃないか」と思わないでもありません。(^^;

個人的な好みでは、「制作者の熱い投球」を、「視聴者たる自分がこれまた熱く受け止める」のが大好きなんですよ。そして、響鬼においても「制作者の熱い投球が飛んできていた」と思っていた私なので、それを今になって「実はゆらいでいたんだよ、全力投球ではなかったんだよ」と言われたくない、という部分が実はあります。

そういう意味では、私自身結局ある種の偏りをもってこの本と接しているような気もいたします。いや、すいません、何だかグダグダと自分語りをしてしまいました。
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翠:

 確かに「実はゆらいでいたんだよ、全力投球ではなかったんだよ」と言われると、僕もなんとなく嫌な気持ちになります。確かに僕も、全力投球だったと感じました。
 しかし、また同時に感じたことは「全力投球だから合格なのか」ということについての疑問でした。

 少し前の論点に戻りますが、「大人と少年の物語」「変身特撮ヒーロー」という話題がありました。
 結局、その点について、片岡さん視点では「ゆらぎ」があったけれど、高寺さん視点ではわからない、ということでうやむやになっていた気がします。が、ファンとしてはどうなのでしょうか?視聴者はその主題について、ゆらぎを感じなかったでしょうか?
 もちろん、模範的な回答としては「人それぞれ違う」なのでしょうが、もう少し突っ込んで考えた時に、例えば「『弟子入り』を描かなかったことは、視聴者に対してわかりやすいベストな選択肢だったのか?」「明日夢の日常と戦闘シーンを切り離したことが、視聴者にとって納得しやすい事柄だったのか?」など、いくつか疑問点が浮かんでくると思います。明日夢の日常シーンに対して全力投球をされても、それを受け止められない『特撮ファン』は少なからずいるのだと思います。
 ここのスタッフは「響鬼が好き」という方向で一致しますが、それゆえに「あまり熱心でない視聴者」の視点も欠いてしまっているような気がします。もちろん僕も含めて。
 必ずしも一般受けを狙う必要もないのでしょうが、もっと多くの人に受け入れられるように「わかりやすい構図」は必要だったのではないでしょうか?

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ツバサ:

>もっと多くの人に受け入れられるように「わかりやすい構図」は必要だったのではないでしょうか?

わかりやすいというか、もうちょっと中庸路線の方が、より幅広い層に受け入れられたような気はします。

具体的にいうと

・明日夢を”弟子入り”はさせないが、猛士の一員には加える(たとえば歩の役割)

とかですか。

日常を過ごしながらボランティアとしてたちばなに通い、猛士の活動に参加するようにすれば、弟子入りほど戦いオンリーになることないので日常とのバランスも取れます。

なにより猛士の正式な一員になることで、クウガの時と同じように、謎の猛士という組織の秘密を次々と明らかになっていく…それに子供たちが明日夢の視点で参加することで、興味を引けたりできたのではないかと。
たちばなに通うという点ではバイトと同じですしね。

また正式に弟子入りしようかどうか悩む明日夢の前に、鬼にはならないけれど、自分なりに人助けを願う歩の人々をゲストとして登場させることで、その進路を模索させる伏線なんかにもできたんではないかと。

とかなんとか、いいことづくめにように思えるのですが、

こういう中庸路線をとらないのが高寺さんらしい

とも思うわけです。

そのへんが”高寺さんの志がゆらいでいたかどうか”ということの回答のヒントにもなっているのではないでしょうか。
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翠:

ひとつ、純粋な疑問なのですが、
「中庸路線をとらないのが高寺さんらしい」とはどういうことでしょう?

高寺さんのことを完全に理解しているわけではないので、これがファンにとっての自明の理であるような質問でしたらすいません。
しかし高寺さんはそれほど「中庸」を排しているのでしょうか?
そのあたりについて、説明できるのならばお願いします。

僕個人としては、「中庸路線をとらない」という作品作りをしている感はないのですが……
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てりぃ:

>「中庸路線をとらないのが高寺さんらしい」とはどういうことでしょう?

人によって受け取り方が違う文章かと思いますが、私は「中途半端はしない」という意味に取りました。あ、もちろん、私自身そんなに高寺さんの作品に詳しいわけではないので、高寺さんのことを考えてではなく、単純に上記の字面から感じた印象として、です。実際のところはどうなんでしょうね。

噛み合わない話かもしれませんが、その辺から思ったことを。

いわゆる物作りに際しては、弛まぬ「調整」の積み上げで質を上げていく方法論と、突き抜けた「個性」を貫いて独創性を保つ方法論とがあると思います。現実にはどちらか片方ではなく、時に応じて両方のやり方を混ぜながら、調整側に寄ったり個性側に傾いたりしてバランスを取りつつやっていくものなのだと思います。

で、響鬼の制作において片岡さんと高寺さんの間に生じた齟齬って、多分に「お互いの個性の部分」でのぶつかり合いに見えるんですよね。そして、本来なら「調整」という作業で歩み寄って落としどころを探すフェイズがあったのでしょうけど、時間的な余裕のなさかその他の要因によるのか、そこをスルーして調整不足のまま進んでしまい、最後には袂を分かつようになってしまった気がするんです。

出来上がった実際の響鬼の良し悪しは別にして、企画段階の流れとしてはそういうことなんじゃないかしら。それを、片岡さん視点で振り返ったのが「響鬼の事情」という本のような気がします。またこの本を読んで、そういう流れが作品の細部に影を落としている、と感じられる人には「響鬼の主題のゆらぎ」のようなものを意識するでしょうし、逆に「その流れはそれとしてあったのだろうけど、現行響鬼は高寺さん側の個性でまとまっているでしょ」と思える人は、ゆらぎは感じない、ということなのかな。…ちょっとまとまりないですけど。
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ツバサ:

あ。失礼しました(^-^)
確かにやや説明不足だったかも。

>こういう中庸路線をとらないのが高寺さんらしい

てりぃさんの書いてらっしゃるように、

中途半端はしない

というので合ってます。

個人的な印象ですが、高寺Pの作品は、作品テーマへの徹底的な追求とこだわりが特徴のように思えるのです。カーレンジャーしかり、仮面ライダークウガしかり。

そのこだわりがやや独善ともとらわれることもあるし、行き過ぎてしまうこともあるんではないかと。
響鬼の”きびだんご”の件なんか、同じように撮影現場では暴君と言われた黒澤明監督のエピソードを彷彿とさせますし。

てりぃさんのカキコにある

片岡さんと高寺さんの間に生じた齟齬

も、そのこだわりゆえに生じたものではないかと確かに思いますね。

いわゆる調整型のプロデューサーだったら起こらないことのような気が。

ただ、そのこだわりが作品の大きな魅力になっているのも確かなんですよね。

中庸路線ととらず、極端に、今までになかったものを。

という考えが、響鬼(特に前半部)を生んだと思うし、私たちもそうでなければ、ここまで愛着は持っていないと思うわけです。

その点では、高寺Pには”主題のゆらぎはなかった”と結論づけたい気がいたしております。
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翠:

ありがとうございます。
「中途半端はしない」という意味ですね。理解できました。

高寺さんには、確かにその「こだわり」は強く見えますね。ツバサさんのおっしゃるとおり、「行き過ぎてしまうこと」も多々合ったのでしょうが、だからこそ、多くのファンを生み出すのでしょうし。(同時に多くのアンチも生み出すのでしょうが)


片岡さんについても、「響鬼の事情」には響鬼に対する愛とこだわりが溢れていて、そういう意味では「中庸路線」ではない人だと感じましたし、『「お互いの個性の部分」でのぶつかり合い』があったのでしょうね。

もっと時間などに余裕があれば、互いのいい部分を活かせたでしょうし、それだけに残念に感じます。
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てりぃ:

前にも書いたことですが、やはり時間は色々な意味で足りなかったのでしょうね。「新しいもの」を生み出すためにも、そのための制作陣のコンセンサスを盤石なものにするためにも、その前提となる信頼関係を壊さないように進めるためにも。


さて、そろそろまとめる方向に参りますね。「響鬼の主題はゆらいでいたのか」というテーマについては、ずるい逃げ方をしてしまえば、各人が「実際の映像のどこを主題だと感じたか」に左右されてしまうものだと思います。このため、「ゆらいでいた」と強く信じる方にはゆらいでいたようにしか思えないでしょうし、「ゆらいでいなかった」と思う方もそのように思い続けるでしょう。

その前提の中で私個人は、「高寺さんが描こうとした主題については、その方向性を貫こうと腐心されていた」と感じています。後半での路線変更という事態が物事を一層ややこしくしているため、スパッと言いきるのが難しいんですけれど…映像の裏側に息づいているものを放映当時に感じていた身としては、それが主題だったのだろうと思っているものですから。

片岡さんが語って下さった内容は、実際の映像には表現されなかったものが多くあります。そしてそれらは、必ずしも「高寺さんが描こうとしたもの」とは一致していません。このことを、私は「本来響鬼で描かれるべきだったものが抜け落ちたのだ」という風には受け取らず、「高寺さんが描きたいものを描くために、実際の映像には持ち込まれなかったのだろう」と受け取っています。

違った響鬼もあったかも知れません。そちらの響鬼にも、大きな魅力があったかも知れません。ですが、それは結局「IF」でしかありませんし、実際にそうなった時に自分が今ほどの思い入れを抱けたかどうか、何とも言えないんですよね。少なくとも自分は、実際放映された響鬼に強い思いを抱いて見続けていましたし、「それはゆらぎのある響鬼だったんだよ」と他の方が仰ったとしても、自分が受け取ったものまでゆらぐことはないような気がしています。世間一般ではこういうのを「信者」というのかも知れませんけれどね(苦笑)。

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……このような感じで、約一ヶ月に渡って続いた議論も一段落。
というわけで、議論を通じて、各人の思ったことをまとめてもらいました。


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翠:

 今回の議論をしてみて……やはり同じ「響鬼ファン」であっても、視点は微妙にズレていることを改めて認識しました。そのズレを認識することで、新たな魅力が見えてきたり、自分が重視しているものが見つけられたりで、良かったと思います。スタッフの方々の考えの相違、そして共通点なども見つけられて、面白い議論が出来たと自負しています。

 「片岡さんの描く響鬼」から見れば確かに「高寺さんの描く響鬼」は揺らいでいたのだと思います。それは間違いないでしょう。「弟子入り」の問題や「ジュブナイル」の定義の問題など……「片岡さんの響鬼」には、「高寺さんの描いた響鬼」にはほとんど見られなかった要素が多く、その設定群を読むだけで『もうひとつの響鬼』という夢が広がりました。正直、明日夢が弟子入りして、弟子として戦う姿、そしてヒビキさんから戦いの中で何かを学んでいく姿を見てみたかったですし、片岡さんのラストカットのイメージ=ヒビキさんが死んで明日夢が次の「響鬼」として変身する、というものも、切なさが溢れそうないいシーンで、かなり見てみたいシーンだと思います。
 でも、議論を重ねていくうちに気付いたのは、それもこれも、現行の「高寺さんの響鬼」が前提にあるから美しく見えるのだろう、ということ。
 僕は無邪気に、片岡さんの設定のいい所が、単純に足し算になって、結果、スゴイ響鬼が見られるのではないかと夢想していました。でもきっとそれは違って、あの形態だからこそ描けた美しさがあるのだろうと考えるようになりました。それがなんなのか、うまくは言えませんが、日常のやさしさと言うか……そういったモノが、あの「響鬼」だからこそ描けていたのだと気付けました。
 確かに、時間的・経済的な要因があったのも確かで、現行の響鬼が「絶対何が何でもベスト!」とは僕も思いません。しかし、「それでも響鬼が好きだ」と言えてしまう自分もいます。この議論を通じて、自分にとっての響鬼とは何か、特撮とは何かをじっくりと考えさせてもらった気がします。

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てりぃ:

では、私も感想を。まとめの方は、この直前の発言である程度やってしまった感じなので、感想オンリーでいきますね。

 私にも「響鬼の事情」を読んで感じた色々なことがあって、正直なところモヤモヤした部分もあったんです。それが、今回の議論を通じて、かなり自分の中でも整理が付きましたね。なんて言うんだろ、それでも放映された響鬼を自分は好きでいてもいいのだ、と再認識できたと言いますか。平たく言えば、「ボクはここにいてもいいn、いやいや。

 実際に制作に携わった方を含めて、響鬼への思いは本当に熱く、そしてまた人それぞれなのですね。翠さんも書かれたようにスタッフ3人の中でも微妙に異なる部分があちこちにありましたし、これ以外にも色々な熱い思いが世の中にはあるのだろうと思います。響鬼という作品の求心力の強さを、改めて目の辺りにした思いです。

 他にも、モノを作るというのは本当に大変なんだということ、その苦しみを経て出てきた響鬼という作品の凄さ、色々なものをこの本から、そしてこの議論の過程から受け取ることが出来て、本当に良かったと思います。この機会を明に暗に与えて下さった全ての方に感謝、というところですね。

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ツバサ:

ではわたくしもまとめというか最後の感想を。
まず響鬼の事情を読む前の話ね。

「ゆらぎ」ということでは、実はゆらいでいたのは自分でした。

終了からかなり時間が立った今、冷静に考えてみると

「仮面ライダー響鬼ははたしてベストな番組だったのか?」

とはっきり明言できなくて迷う自分がいたわけです。
特に前半部、ストーリー的にはほとんど進展がないですよね。
確かに弟子入り路線のほうがよかったのではないか…と内心ちょっと思ったり(^-^)

そして「響鬼の事情」を読んだ後。
けっこう落ち込みましたw

”「響鬼」ではもう番組作りを通してやりたいことが高寺氏自身の中に残っていなかった。”

この文章が重くって。
やはり弟子入り路線が正解で、放映された響鬼はダメな子だったのか…
大好きな宝物を否定されたようでけっこうショックだったんですよねw

その気持ちが、今回NHPのメンバーと対話を続けることで、360度ポジティブに変化した!
というのが一番よかった点です。

今では、まさにてりいさんと同じく、「僕はここにいていいんだ!」って感じw
「響鬼が大好きだ! すばらしい作品だ!」
という叫びたい気持ちでいっぱいです。

そういう心境になれたのは、この対話を通じて、自分なりに高寺Pの真意とモチベーションの中身を理解できたように思えるからかな?
ただの推測ですが、自分ではすごく納得できる結論で、そこにたどりつけたことで、今回の議論はすごく意味があることでした。
お二人に大感謝いたします。

それとともに、「響鬼の事情」で知りえたさまざまな事実、それはとても貴重で意味あることでした。
ポジティブなこともネガティブなことも全部含めて。
実現したことも、失われた可能性も。
それら全部が含まれているのが「仮面ライダー響鬼」という作品で、そのすばらしい広がりが響鬼の大きな魅力なんだなあ…と改めて認識できた。
そんな気がします。

やっぱ響鬼って面白いや!

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いかがでしたでしょうか?

スタッフ内でも、今回の議論によって、「響鬼」というものを見つめなおせることが出来たし、またスタッフ内の意思疎通にも役に立ったと評判でした。
皆様も、この機会に自分の「響鬼観」を見直してみてください。

意見などありましたら、ぜひ聞かせてくださいませ。

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コメント
NAME : あゆむ
DATE : 2007/07/27 4:15 PM
はじめまして。
皆様の意見、
「なるほど!」と思いながら、
楽しく拝見させていただきました。
読んでいて、
僕自身も新しい発見がたくさんありました。
そこで迷惑かもしれませんがコメントさせていただきました。

とは言うものの、
僕は「響鬼の事情」は読んでいません。
高寺さん降板後の響鬼は見ましたが、
あまり好きではありません。
そういう立場を踏まえて読んで頂けたらと思います。


僕は“主題の揺らぎ”というのは、
後半にこそ在ったと思うのですが、
前半は一貫していたように思います。
この作品(特に物語前半)が好きな多くの方々が思うように、
僕もこの作品の主題は「大人と少年の物語」であると感じています。
しかし、大人が少年に与える影響だけではなく、
少年が大人に与える影響をも描いた“つながり”の物語なのではないかな?と皆さんの意見を読んでいて新たに思いました。
題名に「響」という字があるように大人と子供、つながっている人たち全てが“共振”していくという物語だったんじゃないかな?と。
そして、その中で響鬼という鬼が“仮面ライダー”へと成長していく物語だったのではないかなと。

僕は物語中で響鬼さんが威吹鬼さんに対して「正統派」という場面と次第にバイクなどの運転を見につけていく過程がとても印象に残っています。
若い人たちを見て自分も挑戦や努力を続ける。
そんな響鬼さんの姿に僕は惚れました。
その姿を見ることによって成長していく明日夢くんを通して、大人に対する「子供は見てるんだよ」ってメッセージもあったのかな?なんて今となっては思います。

最後に、この熱い企画に出会えたこと、
熱い皆様の意見を拝見できたこと、
放送終了した響鬼がこんなに愛されていること、
その全てに大げさな言葉ですが“感謝”です。


放映終了直後に書いた、
僕のさらに個人的で、
散文的で、
思いのたけを書きなぐっただけの記事を一応トラックバックさせていただきます。
皆さんに読んでいただけたら光栄です。

NAME : てりぃ
DATE : 2007/07/29 10:54 AM
あゆむさん、コメントとトラックバックを、どうもありがとうございます。当活動スタッフの一人、てりぃです。

おかげさまでこの討論は多くの方に読んで頂けたようで、拍手の形で反響も数多く頂いております。放映終了から1年半にもなる響鬼が、今も人の心の中に何かを残し続けていることがわかり、こちらとしても感無量でございます。

作中の世界のように、現実でも緩やかに何かが“共振”しているのかも知れませんね。公式には何の動きもないように感じる響鬼周りですが、今も「響鬼の事情」や「響鬼探究」のような本が出たり、グッズが新たに販売されたりと、ある種のアクションは絶えません。この動きの「静かさ」がまた、響鬼らしいなぁと思っていたりする次第です。

また機会があれば是非お立ち寄り下さい。また、関連ページとして総合BBSなども、交流の場として強くオススメいたします。では、今後ともよろしくお願いします。(^^)


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私、ぶっちゃけて、この年齢になってまで 仮面ライダーが卒業できないお子様でござい
| まだ、生きてっから! | 2007/07/27 4:16 PM |
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